やっぱり。


今日は授業やってませんが,相変わらず雑談というか備忘録というか,そういうカテゴリがないのでカテゴリは適当です。

正月はのんびり過ごせましたが,その中で自分の仕事の意義というか,目的というか,そういう部分をじっくり見直して思ったことを書き留めておこうと思います。

理科,って何のためにあるの?って思いますよね,普通。特に大学受験を考えない高校の場合って。

まぁ,目的は大学受験云々とは関係なく変わらないわけなんですが。

公式には,こんな風に書かれてるんですよね。

自然に対する関心や探究心を高め,観察,実験などを行い,科学的に探究する能力と態度を育てるとともに自然の事物・現象についての理解を深め,科学的な自然観を育成する。

(高等学校学習指導要領 第5節 理科 第1款 目標 より引用)

http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/990301d/990301f.htm

でも,こんなの堅苦しいし,じゃあどうするのよ?ってなりますよね。

ぼくが思うに,朝永振一郎先生の言葉そのままなんじゃないか,と。

朝永先生の残した言葉で,唯一書いた色紙に書かれたのが,こんな言葉です。

ふしぎだと思うこと

これが科学の芽です

よく観察してたしかめ

そして考えること

これが科学の茎です

そうして最後になぞがとける

これが科学の花です

(英訳)

A sense of wonder —

This is the bud of science.

To observe well, confirm, and think —

This is the stem of science.

And at least the mystery unfolds —

This is the flower of science.

この言葉って,科学の本質をよく表していると思うんですよね。

どうしても,科学っていうと最近は自然科学のことを指すかのようなイメージとともに,新しい発見や,その方法,あるいは分析方法などに焦点をあてがちですが,そこは本質じゃないんですよね。

この前のノーベル化学賞だって,ちゃんと話を聞くと,この科学の方法論が非常によく形として残った成果だったということがわかります。

アルミやマグネシウムは出来るのに,なんでホウ素は出来ないんだろう?

っていう疑問から,この研究は始まってるんですよね。

これって,立派な科学の芽じゃないですか。

そういうことをちゃんと伝えるっていうのも,われわれ教員の仕事なんだなって思います。

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